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京都地方裁判所 昭和60年(わ)976号 判決

本籍

京都市右京区西京極河原町三五番地

住居

右同所

不動産貸付業

井上博文

昭和一〇年七月二五日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官西村正男出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役六月及び罰金七〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金一〇、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

本裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、自己の所有する京都市右京区西京極東側町八・九番合地ほか三筆の宅地を昭和五八年八月三一日二億七九万二、四〇〇円で売却譲渡したことに関して右譲渡にかかる所得税を免れようと企て、宇津竹次郎、松本芳憲、全日本同和会京都府・市連合会会長鈴木元動丸、同連合会事務局長長谷部純夫及び同連合会事務局次長渡守秀治らと共謀の上、自己の実際の五八年分分離課税の長期譲渡所得金額は一億八、四二六万四、〇三〇円、総合課税の総所得(不動産所得、給与所得)金額は六一六万九、二〇〇円、山林所得金額は二八一万七、五〇〇円で、これに対する所得税額は五、七三五万五、一〇〇円であるにもかかわらず、株式会社ワールドが有限会社同和産業(代表取締役鈴木元動丸)から二億円の借入れをし、その債務について自己が連帯保証人となり、右ワールドが破産したことから右連帯保証債務を履行するために右不動産を譲渡し、その譲渡収入で同五八年一一月三〇日一億七、〇〇〇万円履行したが、右ワールドに対する求償不能により同額の損害を被った旨仮装するなどした上、同五九年二月一四日、京都市右京区西院上花田町一〇番地の一所在所轄右京税務署において、同署長に対し、自己の五八年分分離課税の長期譲渡所得金額は一、四五六万四、〇三〇円、総合課税の総所得金額は六一六万九、二〇〇円、山林所得金額は二八一万七、五〇〇円で、これに対する所得税額は三七三万四、七〇〇円(ただし、所得税額三七三万四、七四〇円と誤って記載)である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により右の正規の所得税額五、七三五万五、一〇〇円との差額五、三六二万四〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書

一  被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書及び証明書

一  松井婚次、桐村齢子の検察官に対する供述調書

一  宇津竹次郎の検察官に対する供述調書抄本

一  松本芳憲の検察官に対する供述調書謄本

一  右同人の検察官に対する供述調書抄本

一  渡守秀治の検察官に対する供述調書謄本

一  長谷部純夫、鈴木元動丸の検察官に対する供述調書抄本

一  証人宇津竹次郎、同松本芳憲の当公判廷における供述

なお、被告人及び弁護人は、被告人が自己所有の本件不動産を判示の金額で売却し、その正規の所得税額との差額五、三六二万四〇〇円の税を免れたことは認めるものの、その犯意及び共謀はなかった旨主張するが、判示の証拠によると、本件の納税申告に関しては、被告人がその売却の仲介人であった共犯者宇津竹次郎に税金を安くなるよう依頼したことから、右宇津が共犯者の松本に話し、同人から同和会事務局次長である渡守に依頼し、右の三者間で話合った末、判示のような方法で不正な申告をして脱税することにしたうえ、その大要を被告人に伝え、被告人もこれを了承し、申告を依頼したこと、その後は前記渡守ら同和会の役員である鈴木ら共犯者においてその旨の申告手続をしたものであること、その結果被告人において右申告にかかる納税額や同和会へのカンパ金を含む一切の費用として合計三千万円を支払ったこと、及びその税額が正規の税額よりはるかに低い三七〇万円余りですんだことをも了知していたこと等の事実が認められる。

してみると、本件は、納税者たる被告人において、少くとも税を免れる意思で、その共犯者の一人にその手続を依頼したことから判示の共犯者らが順次共謀したうえ犯行に及んだものである以上、被告人がその共犯者らすべての者と面識がなく、かつ、それらの者から脱税の具体的な方法をいちいち聞かされていなかったとしても、その点の犯意を欠くものではなく、被告人の共犯者としての責任を免れるものではない。(なお、弁護人が本件の納税に関し、これまで税務当局が解放同盟や同和会名の申告に対し、脱税そのものを指導是認してきたとして、これらの関係者はもちろん、本件の共犯者や被告人には違法の認識がなかった旨いうので一言付言するに、証拠によると、この点に関する税務当局の対処や運用については一部に適切を欠いた点はないではないが、直接脱税を示唆したものとは認め難いばかりか、これが社会一般において合法視されていた事実も認められないから、被告人が同和会を利用して本件申告に及んだことをもって、直ちに違法性の認識を欠いたものとはいえない)

(法令の適用)

判示事実 所得税法二三八条、刑法六〇条(懲役と罰金を併科する)

労役場留置 刑法一八条

執行猶予 同法二五条一項(懲役刑につき)

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 西村清治)

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